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2005年京商カップ東北予選

於 スポーツランドSUGO 中央広場特設

2005年の京商カップが終わりました。結果からいいますと、準決勝敗退ということで、参戦記を書くのも若干おっくうになりますが、敗因を分析する意味でもまとめてみたいと思います。

【出発】

とりあえず、朝6時にりとるてっくに集合。機材を積み込んで、一路菅生へ向かった。今回からテントを用意することとなった。6時半頃には現地に到着して、テントの組立から、ピットテーブルの作成など・・・。一応、昨日までにセットは出しているので、あとは8時40ぐらいからあるドライバーミーティングを待つだけである。って、1時間半ほどもあるのだが、まぁボディーに穴を開けたりいろいろやることはあった。情報ではSクラス19チームで、Rクラス13チームほどとのこと。去年より若干多い。

【練習走行】

ドライバーミーティングが終わると、各チーム5分間の練習走行時間が与えられる。まずはラジ助から。タイヤは35Vのスポンジインナーを使用。う~ん・・・どうも燃調が甘い。さくっと絞ってみたところでおよそ2分経過。ここでエンジンストール。そこからドライバーをチェンジして力くんにバトンタッチ。エンジン再始動・・・と思いきや、エンジンがさっぱりかからない。

タッチスターターがほとんど外れかかっている。タッチスターターが空転して、リコイルがかからないのであった。力くんの練習は全くできず、終わってしまった。

ここで、エンジンを降ろしてタッチスターターのネジを締め直し、予選1本目を待つ。

【予選1本目~ラジ助】

予選の2分前からコースオープンとなり、車を走らせることができる。タイヤは、35Vのモールドインナーに変更している。先程の甘い燃調をさらに絞って、いいところまで回転を上げる。予選は横1線となり一斉にスタート。7台ほどでのスタートとなり、他車と絡まないように後方から出方をうかがう。しかし、車のアンダー傾向があるためか、極端に小回りの求められるレイアウトとの相性が合わないことと、最近コース幅の広いサーキットでしか走らせていないので、コース幅の狭いレイアウトにどうしても接触を恐れ、おそるおそる走るペースが続く。これでは上位追い上げはならない。4分ほど過ぎたところでエンジンストール。プラグが切れており、ほぼ成績ナシで終わった。

【予選2本目~力くん】

プラグの切れは、おそらくニードルの絞りすぎと思われたため、ニードルを若干戻して2本目に臨む。こちらはスタートして、トップに立ち、これからどこまでいくのか・・・と思わせたものの、またプラグ切れ。走行不能状態となり、こちらもほぼ成績ナシ。準々決勝からのスタートが確定した。

準々決勝が始まる前に、エンジンを交換することとした。そこまで使っていたのは、新エンジンのケースで、中身は前の車のものだった。ケースも前のものに戻し、調子を見ることに。そこからバラしたのだが、コンロットの向きが逆であることが判明。これを正しい方向にして、ケースを元に戻す。エンジンの積み直しからだから時間がかかる。準々決勝が始まる直前にケースの交換が完了。ニードル調整もくそもない。ただ時間は迫っている。ニードルは1回転と45分が適正位置だという決めがあるので、そこに固定したが、甘いといけないのでそこから10分弱絞った。

【準々決勝】

タイヤは、30Vのモールドインナーとした。心配していたエンジンだが、なんとか始動。燃調も一切合わせていないが、勘があたりいい感じで走る様子である。ドライバーは力くん。レースは15分で、5~10分でドライバーチェンジを行う必要がある。準々決勝の出走は5台。

そしてスタート。ここはスタートこそもたついたものの、ほぼ独走状態。あっという間に全車をラップ遅れにして、7分半を迎える頃には5周の差を他車につけていた。7分10秒でピットイン。ドライバーラジ助にチェンジ。練習走行に比べれば多少楽にはなったが、まだつかめていないこのコース。それでも残り7分半を走りきり、最終的に6周程度の差をつけて圧勝した。

【準決勝】

準々決勝が終わり、ものすごい雷雨が30分にわたり降り続けた。あまりのすごさに、車への避難が遅れ、マシンが若干水しぶきを受けることとなってしまった。1時間ほどで再開がアナウンスされ、準決勝は10分に短縮の上行われることとなった。コース場はまだ水浸しなので、25Vを装着し、各種防水加工をした上でスタートに向かう。

ここでエンジンを始動し、コースイン・・・・。ん?サーボ関連が全く作動しない。コントロールタワーの下で、マシンをあれこれ触って見るも、うんともすんとも言わない。そうこうしているうちに、レースはスタートしてしまった。スタート後も、接触不良を疑い、あちこち確認するも全く電気が通じている気配がない。どうも受信機トラブルみたいであった。

【それもまたレース】

結局準決勝を走ることなく、リタイヤとなってしまった。こんな結末は全く想像していなかった。皮肉なことに、ピットに戻った瞬間から、サーボは何事もなかったの様に正常に作動しだした。

その後、Rクラスの決勝~Sクラスの決勝をぼ~っと見ていた。

Sクラス優勝の小松トライリンクとIHIエアロスペースは東京からの遠征組だが、マシンが絶好調で、他車を置き去りにして1-2を決めた。優勝もV-oneSⅢだが、かなりV-oneSⅢを研究し尽くしていたみたいである。ラジ助達が、マイナートラブルつぶしに終始してしまったのとは対照的に、かなりセッティングを煮詰めていた感がある。

まぁ、メカトラブルということでレースは終えたが、優勝車ほどの走りができたかというと、そこまではおそらく無理だったと思う。しかし、自分たちが3位以内に入れなかったことよりも、決勝のレースに自分たちが居ないことがすごく寂しかった。毎回力くんとのレースを終えると、たら・れば・・・が出てしまうが、技術的にも、テク的にもこれからまだまだやることは多い、がんばらねば!と思う次第です。

2005年京商カップ関東B予選

於 八景島シーパラダイス特設

【東北ブロック その後】

東北予選は準決勝敗退となったものの、決勝のSクラスの走りを見て、RCの楽しみを再認識した気がした8月上旬。その翌週のりとるてっくitaのGPシリーズ戦から再始動した。車のセットは東北予選のままで臨んだ一戦、トップと1周差の2位と復活の兆しが・・・。その翌週にはオニコウベのシリーズ戦8月に参加。車のセットはそのままで、こちらも予選4位、決勝リタイヤだが、それなりの結果が出た。

オニコウベである程度の走りができたことで、再度京商カップ別ブロックへの参加意欲が湧いてきた。東北ブロックが終わった頃を見計らったように、新エンジンが入手できたり、タイヤがそのまま残っていたり・・・。なにせ、CHIKEに塗ってもらった京商カップボディーが宮城地震で棚から落ちてきて、まだほとんど走っていないボディーが「俺をもう一回走らせろ!」と訴えられたような気もして、真剣に信越への参加を検討し始めた。

信越は10月16日。オニコウベで足を怪我して、それなりにラジれない日々が続いていたが、準備を開始し始めた。信越のエントリーも済ませた。

【信越キャンセル】

信越の1週間前、オニコウベでマシンのテストを行い、エンジン、マシンともに万全の仕上がり。あとは信越に行くのみ。

しかし、

相方の都合で直前のキャンセル。関東Bまで10日前のこと。京商カップのエントリーは2週間前と決められているので、ダメ元で京商におねがいしてみたら、最初はダメっぽかったが、幸いにエントリー枠が空いていたこともあり、特別に追加エントリーさせてもらった。

【関東B1週間前】

マシンはほぼ出来上がっていたものの、マシンは1台しかないので破損を恐れて、事前走行はせず、そのまま八景島に持っていくこととした。1週間前は信越の当日だったのだが、相方のCHIKEとラジ助はGPではなく、デザートゲイターでラジコンの勘を取り戻していた。というのも、CHIKEがほとんどプロポを握っていなかったので、ラジコン勘を取り戻してもらうという意味もあった。参加に当たっては、CHIKEにかなり無理をお願いしたが、ラジ助の熱意に押しきられる形で、関東B参戦が直前となり本決まりとなった。

HPには記載できなかったが、参加するまで紆余曲折、不確定要素があり、ほんとに参加が確定したのはほぼ数日前のことであった。

【初?遠征】

さてさて、関東Bの前日土曜日。仙台を夜の6時に出発して一路横浜へ。非常に遅い出発であるが、仕事の都合もあり、遅い出発となった。走ること3時間半、東北道から首都高に入り、ライトアップされた観覧車がいろいろ目に入ってきていよいよ東京に来たことを実感してきました。そのまま横浜線へ抜けて、当日の宿へ。あまりに直前の予約であったためどこのホテル、旅館も満室。よって、横浜市が運営する研修施設に宿泊することになっていました。場所は上大岡。10時半に到着し、遅い夕食を食べ、近くのバッティングセンターなどへ繰り出し、軽い運動など・・・。そうこうしているうちに日付が変わり、就寝となりました。

【関東B当日】

翌日は5時半起床。なぜか気分がるんるん気分のラジ助はぴか~んと起きてしまいました。八景島へは30分程度で到着。荷物を八景島駅のロータリーに下ろして会場まで運んでもらいます。7時半頃には会場に到着しましたが、気のせいか非常に広いレイアウト。まぁ、それはいいとしてピットを会場の隅っこに設営してあとは走るのを待とうとまったりしていました。

そこに登場したのは、東北大会Sクラス1~3位、信越大会3位、他ラジ助もよく分からないぐらい代表権獲得チームを演出した、秋が瀬チームのまるみちさんが登場しました。とりあえず、2人だけじゃいろいろ不都合もあるということで、秋が瀬チームの皆さんの脇にピットを移動させてもらいました。

今回の関東Bを語る上でどうしても「まるみち」さんについてプロフィールを説明しておかなくてはなりません。今年の京商カップSクラスでは、関東勢として多数の代表権獲得チームを排出しているのが、埼玉の秋が瀬公園のパーキングを主体にラジっている方々であり、そのとりまとめ役がまるみちさんなのです。東北から来た2人にとっては心強いパートナーを得ました。また、そうこうしていると、京商サーキット主体にレース活動を行って、東北でもSクラス1位を獲得したコマツトライリンクの「特攻隊長」が、「昼のちきちきバトルのために」やってきました。なんと特攻隊長も我がチームを援助していただけるとのこと。なんだか話がとても大きくなってきた気がしますが、私たちの目標が「決勝進出です」とは言えず、すっかり代表権獲得のための「秋が瀬ワークス体制」となりました。

頼りになるアニキィ!!まるみちさんと一枚! いつものりのり特攻隊長!(やってみたかったこのポーズ)

しかし、秋が瀬さんとは、東北ブロックの時にピットが横だったため、マニホールドが割れて困っていたラジ助達に、マニホールドを譲っていただいた縁からはじまった関係なのです。いずれにしても、ここまで来たら、代表を目指して走るのみです。

【波乱予告のドライバーミーティング】

8時半ぐらいからドライバーミーティングで、いろいろ諸注意。抜くときと抜かせるときのマナーなど・・。そこで運営スタッフが最後に「どなたか質問ありませんか?」と聞いたところ、モリタデンキの方が「えー私たちが先週信越大会でストレートエンドで追突を受けました。コーナーでの競り合いはやむをえませんが、スピードが落ちていないストレートエンドでの追突だけは気をつけて下さい!」と・・・。まぁ、そのときは「そうかぁ」ぐらいに思っていたラジ助だったものの、このモリタデンキさんの言葉がまさに自チームの災難として降りかかってくるとはその時は思っていなかった。

【練習走行~予選1本目】

さて、練習走行。最初はラジ助から。タイヤは35Vのモールドインナーなのですが、非常にいい感じ。2分ほど走ってもうだいたい問題なかったので、CHIKEにスイッチ。CHIKEも問題なく走行終了。

んで、予選1本目。まずはラジ助から走ります。ここで、コースオープンしてから適当にタイヤを暖めて、一斉にスタートなのですが、どうも車の挙動がおかしい・・・気が。車が妙にクイックな気がする・・あれこれ迷っている間に、コース脇のブロックに激突し、パイプジョイント破損で13週ぐらいで終了。ラジ助がっくし・・・。その後よくよく考えると、プロポのセッティングをラジ助用にしてあるのを使わずに、テスト走行で2番手で走ったCHIKEのプロポセッティングで走っていたことに気づきました。

関東Bはコンクリ路面で行われます(継ぎ目での小ジャンプあり)
のんびりムードの山銘4stピット おっ!KIKさん!

【予選2本目での波乱】

ここでエンジンを積み直すことになったついでに、秋が瀬チームからのエンジンの供給を受けることにしました。予選2本目はCHIKE。予選1本目でいくと2チームが20週に入り、19週が数チーム。(ちなみにエントリーは28チーム)19週に入れば決勝シードも視野に入ります。とにかく、決勝目標と言うこともありましたが、CHIKEに周回を稼いでもらうしかありません。(プレッシャーをかけてスマン・・)
コースオープンしてマシンを並べます。

「シグナル注目」

青になって一斉にスタート。真っ先に飛び出したのは、ms-marineのブルーのボディー。後続がからんでいたので一瞬ひやっとしましたが、抜け出しに成功。そのまま猛スピードのまま周回を重ねるCHIKE。秋が瀬エンジンのパワーも絶好調で、かなりの確立で20週に入れるペースとなってきました。ピットのまるみちさん、ラジ助、特攻隊長も息を飲んで見守ります。残り時間を残して18週目のラップを通過しようとしたストレートエンド、減速してコーナーを回るms-marine号の横っ腹からノーブレーキで突っ込んできた一台の車。ms-marine号はコース外にはじき飛ばされ、しかも本部席のコードに絡まって、本部の人も車を戻せずに・・・、走ってかけつけたラジ助がロープを振り払いコースに戻すも、気が動転しており、一コーナー先にリリースしてしまう。そこから再度ラップを重ね、実質19週と半分走ったものの、コースに戻すときの位置が違うということでショートカットのペナルティを課されてしまい、18週が記録となってしまった。

魚雷で決勝シードを逃した我がチーム、さすがにがっかり来ていたところ、突っ込んで来たチームの方がお詫びに来ました。さすがに、「いや、いいですよ」としか言えませんでした。

【準決勝】

決勝は1回戦、準々決勝、準決勝、決勝と4段階組まれましたが、18週でも14位となんとか準決勝のシードには引っかかっていたことが判明。魚雷で見事に破損したマニホールド、今日2度目のマニホールド交換で決勝に備えます。
しかし、CHIKEのドライブが激しいこともありますが、もう5分でタイヤがたれる状態。準決勝はともかく、決勝はタイヤ交換行う予定となりました。
昼休みが30分程度あり、Sクラスの1回戦から。ラジマガのエンジョイクラブが出ていますが、謎のストップで終了間際に他車に抜かれて4位となってしまいました。(涙)

おのぼりさんと一枚撮らせていただきました。

んで準々決勝。そろそろ準決勝です。

さて!行くか!ラジ助、CHIKE、まるみち、特攻隊長でピットへ向かいます。タイヤのライフを考えてファーストドライバーはラジ助。2分前コースオープンで練習走行・・。今度はプロポのセッティングも間違えていません。

「シグナル注目」

7番グリッドからスタートです。混乱に巻き込まれず3位あたりを走行するラジ助、しかし、朝の予選1回目の不自然走行の余韻がとれず若干危うい走り・・・「ヤバイ」

落ち着け・・まずはスロットルの操作に集中しよう。

走りの安定感を取り戻したラジ助、トップにこそラップされたものの、最初のラジ助ではトップとほぼ同一周回の7位でバトンをCHIKEに渡すことに。ここから、CHIKEの爆走開始。明らかに他車と違うペースで追い上げるCHIKE。15分レースの10分付近で3位に浮上。このまま走れば決勝シードは確定である。

しかし、しかし・・・・。

コースの真ん中でマシンがスローダウン。なんと、1速2速が両方ともスパーなめというトラブル。まるみちさんが急いで、応急処置をピットまで戻って施して、マシンを戻すも時既に遅し。3位とは8週差の46週でレースを終えた。

【今年の京商カップ終了!】

原因はエンジンマウントのずれ。ラジ助の走行時に若干エンジンが前へ移動してしまったようである・・・。無接触なら、なめなかったとは思うものの、スパーなめはV-oneSⅢの泣き所。しかたがない。

予選の魚雷攻撃から、準決勝のエンジンマウントずれまで、せっかくの秋が瀬ワークス体制だったのに、つきに完全に見放され、ms-marineの関東Bは終わった。

しかし、不思議にラジ助、CHIKEともに、悔いはなかった。なぜだか分からないが、東北は走れずに終了したものの、今回は走りだけなら上位チームにも負けていなかったという感はあった。ただ、運に恵まれなかった。

それも京商カップ。


 

 

 

 

 

 

IHIエアロスペースキャミさんと

ふと気がつくと、レースでてんぱっていた最近の自分に気がつきました。今回チームメイトのCHIKEと改めてチームを組めたことや、一緒に東北から参戦した山形銘木4stのチームメイト(含、りとる仲間のKIKさんとの再会)、秋が瀬チーム、まるみちさん、特攻隊長、キャミさんとの交友・・・。京商カップに参加することのラジ助的意義は、仲間と一つの目標に向かって、取り組むことの楽しさ。その上で代表権がとれれば言うことはありませんが、今回、ふと見回すと、いろいろな方と交友が持てたことが最高の財産だったかと思います。

東北から参戦した、山銘4st + ms-marine

本当に、応援していただいた皆さん、有り難うございました。ほんとに、感謝、感謝しております。



2005年10月25日 ラジ助 + CHIKE

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